事務所紹介

所長挨拶

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 当事務所は昭和35年10月1日現在地にて発足しました。当時はこの仕事を始める人が比較的少なく、私の様な未熟な者でもお客様は信頼なさって下さり、仕事を下さいました。現在は時代の流れにより様変りも致しましたが、相変らず持ちつ持たれつの道を歩んで、自利利他の理念のもとに現在の税務行政に則って励んでおります。

所長経歴

昭和33年7月  税理士登録
昭和35年10月 独立開業
昭和41年10月 公認会計士登録
昭和48年   TKC全国会入会
       現在に至る
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「女人群像 わたしの道」

 浜松市山下町に会計事務所を構える鈴木基子。静岡県下でただ一人の女性公認会計士で、同市に八人いる女性税理士のうちの一人でもある。職員六人を抱え、的確に仕事をこなしている鈴木はことし五十六歳―。「死ぬまで人の役に立つ税理士でありたい」との信条を持つ鈴木の表情は底抜けに明るい。
 鈴木は同市池町の出身。小学生までは一人っ子ということもあり内弁慶。悪くいえばいじけた子供だった。それが一変したのは浜松高女(現浜松市立高)に入学、担任の高橋きん子に出会ってから。きっかけを作ったのは「一日一訓」として行っていた高橋と生徒との交換日誌だった。
 ある日「寂しがり屋の私……いつも一人……」と鈴木が心のもやもやを書き記したのに対し、高橋は「お日さまはどんな隅にも光を当ててくれます。悩んだり悲しむことは何もありません」と鈴木に勇気ある行動を促した。これ以来、鈴木は「誰も私を見捨てていないんだわ」と思い直し、明るく、積極的になった。卒業する時も父のいない家庭なので、自立して将来は母を助けることの出来る職業をと考え、明治大学専門部女子部経済科に進学した。
 鈴木が東京の中野区東中野の親類先に身を置き、大学に通い始めたのは昭和十九年。だが、それもつかの間。半年後には戦火が拡大して三菱重工に動員された。二十年一月になるとそこでの仕事も減り、自宅に帰って戦争の終わるのを待った。そして八月二十日。つまり終戦の日から五日後、鈴木は早々とリュックに食料を詰め込んでいた。大学に復学するためだった。
 二十二年に大学を卒業、東京にそのままとどまり中税務会計事務所に勤務した。そこでは後に婦人税理士連盟会長を務めた加藤愛子(今年三月に死去)の指導を受けた。税理士としての厳しい加藤の姿勢を見た鈴木は勉強不足を痛感し、明大第二学部商学部に入学、働きながら再度勉強を始めた。
 その後、体を悪くし浜松にまたもUターンせざるをえなくなり、同市広沢の小野俊彦会計事務所に就職。めまぐるしく変わる運命にもめげず一段と仕事に打ち込み、三十三年に税理士資格を取得。二年後には鈴木基子事務所設立にこぎつけた。
 事務所開設後、鈴木の最大の試練は四十一年の公認会計士合格までの道のりだった。勉強で 息づまる一年間。刺激を求めて女性グループ勉強会や明大の講習会へ出席した。もちろん往復の新幹線車中では寸暇を惜しんでテキストを開いた。勉強と仕事を両立させるための辛苦をいやというほど味わったからか「試験を受けるために苦しむのはもうコリゴリ」と笑う。「どんな相談でも飛んで行き、お客様の立場になって仕事をするよう心がけています。これは小野先生に学んだこと。今の私があるのは先生のおかげ」
 多忙な毎日もバックボーンが通っている鈴木にとっては生きがいなのだ。(文中敬称略)
昭和57年(1982年)11月16日(火曜日)中日新聞紙面より

 

 

 

 

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継続的専門研修制度
 公認会計士は、お客様に信頼される専門サービスを提供するために、日本公認会計士協会および会計教育研修機構が運営する継続的専門研修制度を通じて、公認会計士としての資質の維持・向上に努めています。

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電子申告
 電子申告 は、確定申告書や各種届出書をインターネットを利用して電子データで提出する方法です。当事務所は国税電子申告・納税システムe-Tax(イータックス)および地方税ポータルシステムeLTAX(エルタックス)への対応を完了しており、お客さまのご要望があればいつでも電子申告を行うことができます。
中小企業の会計に関する指針
 当事務所では「中小企業の会計に関する指針」チェック項目表を提供しております。「中小企業の会計に関する指針」に準拠して計算書類を作成している中小企業は、融資を受ける際に信用保証料率の割引が適用されます。
 
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